39度の熱があるのに、彼は洗濯物をたたんでいた。
寝ててよ、と言ったら、これだけやったら寝ます、と返ってきた。そこから20分、彼はタオルの角を揃え続けた。
私は途中で怒った。ちょっと本気で。
それでも彼は、すみません、と言いながら手を止めなかった。あの光景、思い出すと今でも胸のあたりがきゅっとなる。(この人、休み方を知らないんだ。)
乙女座の男性に甘えてもらうのが、あんなに難しいとは思っていなかった。
甘えられないのは、性格の固さじゃない
気を許していないから甘えない、と読むと外れる。もっと別の場所に理由があった。
人に迷惑をかける計算が、先に立つ
彼らは常に、周囲への影響を測っている。自分が休んだら誰かの負担が増える、頼んだら相手の時間を奪う。
その計算が速すぎて、甘えたい気持ちが後ろに回される。気持ちがないんじゃない。順番が違うだけ。
乙女座は甘え方を知らないんじゃなく、甘える許可を自分に出せない。
だから、こちらが許可を出す側に回る必要がある。ここに気づくまで、私は2年かかった。
できない自分を、自分が許せない
完璧主義と呼ばれる部分。実際に接していると、他人に厳しいというより自分に厳しい。
熱があっても洗濯をするのは、たたまれていない状態が気持ち悪いから。散らかった部屋で寝ると、休んだ気にならないらしい。
理屈は分かる。分かるけど、見ているほうはしんどい。何度も言い合いになった。
甘え方の手本を、持っていない
これは彼の話を聞いて分かったこと。子どもの頃から、手のかからない子として扱われてきたらしい。
弟の世話をして、家の手伝いをして、成績で心配をかけない。そういう位置にいた人が、大人になって急に甘えられるわけがない。
やり方を知らないだけ。教えれば、少しずつできるようになる。実際、彼は変わった。時間はかかったけど。
甘えさせるために、私がやめたこと
やったことより、やめたことのほうが効いた。
甘えていいよ、と言うのをやめた
この言葉、まったく機能しなかった。
抽象的すぎるのよ。どう甘えればいいのか分からないし、そもそも甘えるという行為の定義が彼の中にない。
代わりに、具体的な行動を指定するようにした。今日は洗い物しないで。私がやるから座ってて。
指示のほうが通る。彼は指示に従うのが得意だから。変な話だけど、命令形のほうが安心するらしい。
頑張りすぎ、と指摘するのをやめた
これ、逆効果だった。彼にとっては、やるべきことをやっているだけ。
頑張りすぎと言われると、自分の基準が否定されたように聞こえる。しかも、心配をかけたという罪悪感が追加される。
言い方を変えた。私が休みたいから、一緒に座ってて。自分の都合にすると、彼は受け入れる。誰かのためになるなら、彼は休める。
察して動くのを、やめた
疲れてそうだから何も言わずに家事をやっておく。優しさのつもりだった。
でも彼は、自分がやるべきことを取られたと感じていた。しかも、言わずにやられると、負い目だけが残る。
今はちゃんと宣言する。今日は私がやる日にするから、あなたは何もしないで。役割として渡すと、彼はちゃんと従う。
実際に甘えてくれた場面を、集めてみる
役割を与えると、受け取れる
休んでほしいなら、休むことを仕事にする。
明日は早いから、今日は9時に寝て。これが私の希望なの。
彼は、分かりました、と言って本当に寝た。誰かの希望を叶える形なら、自分を休ませられる。回りくどいけど、これが確実だった。
体調が悪いときは、選択肢を消す
熱の日、私は洗濯機を回してしまった。彼がたたむものがない状態を作った。
やることがなくなると、彼は諦めて横になった。ぶつぶつ言いながら。
説得するより、環境を変えるほうが早い。これは本当にそう。言葉で止まる人じゃなかった。
眠りかけているときが、いちばん素直
意識がはっきりしているとき、彼は隙を見せない。
うとうとしている時間だけ、ぽろっと弱音が出る。今日しんどかった、とか。翌朝は覚えていない顔をしている。覚えてるくせに。
私はその時間を大事にしている。何も返さず、聞くだけにしている。
甘えた後の、フォローが要る
一度甘えると、彼は後から罪悪感を持つ。昨日はすみませんでした、と言い出す。
そこで、気にしないで、と流すと不安が残るらしい。だから私は、助かったと言うようにしている。あなたが休んでくれたから、私も安心して休めた。
彼の中で、甘えた行為が誰かの役に立ったことになる。この変換が必要な人。めんどくさい。でも、そういう人だから。
甘えられない彼と暮らして、しんどかった部分
正直に書く。
頼られていない気がして、寂しかった
全部自分でやってしまう人といると、自分の存在価値が分からなくなる時期がある。私はなった。
何も必要とされていない気がして、ある夜こぼした。私、いらないんじゃないの、と。
彼はすごく驚いた顔をしていた。そんなふうに思わせていたのか、と。あれから、小さいことを頼んでくれるようになった。ペン取って、くらいのことだけど、嬉しかった。ほんとに嬉しかった。
こちらの甘えを、受け止めるのは上手い
彼は人の世話が得意。私が弱っているときの対応は完璧だった。
だから余計に、一方通行になりやすい。受け取るばかりで、返せない関係が続くと、こちらも苦しくなる。
心理学の講座で、与えるばかりの関係は続かないという話を扱ったとき、私は自分たちのことだと思った。バランスは、意識して作らないと勝手には整わない。
変わるまでの時間が、長い
即効性のある方法はなかった。半年単位で、少しずつ。
2年目くらいから、彼は自分から、今日は疲れた、と言うようになった。最初にそれを聞いた日、私は台所で一人でにやけていた。かなり気持ち悪い顔をしていたと思う。
それでも甘えてくれない場合
言葉以外の場所に、出ている
彼らは弱音を吐かないけど、行動には出る。
隣に座る距離が近くなる、いつもより早く帰ってくる、意味もなくそばにいる。あれは甘えの一種だと、私は思っている。
言葉を待つのをやめて、そっちを見るようにしたら、けっこう甘えられていることに気づいた。
変えようとしすぎない
甘えてほしい、という願いはこちらの都合でもある。
彼が今の形で安定しているなら、無理に崩す必要はないのかもしれない。私は一時期、彼を変えることに必死になりすぎていた。あれは彼にとって圧だったと思う。
今は、扉を開けておくだけにしている。入ってくるかどうかは、彼が決める。
熱の日にタオルをたたんでいた彼は、先月、風邪をひいて素直に寝た。
何も言わずに、布団に入った。洗濯物は山になっていた。
翌日、あの山を見て彼は少し嫌そうな顔をしたけど、まぁいいか、と言った。あの一言を聞くのに、5年かかった。
